暗黒星雲

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2007年 06月 30日

「短歌の歴史につながる意識」ということ

第五回ニューウエーブ短歌コミュニケーションというシンポジウムで穂村弘さんが「歌壇が新人に何を求めるか」ということの4項目の一つとして「短歌の歴史につながる意識があるか?」ということをあげたそうだ。

枡野浩一さんの本から短歌を始めたこともあって、短歌らしい短歌でないものを詠もうとして来た。いわゆる「短歌的抒情」は避けたいと思って来た。

アララギ系の塔短歌会に入会し、選歌を受け、e歌会に参加していると短歌的抒情の世界に取り込まれて行くような気がする。塔の短歌を読んだあとに枡野浩一さんの短歌を読むと、無機質で乾燥しているように感じる。

子供の頃に百人一首のかるたをして遊んだ。百人一首の世界に親しんでいたことが、短歌をやりたいと思った一つの要因になっている気がする。本歌取りなど短歌の歴史を知らないとできないことがあるし、短歌の歴史に親しんでいると、短歌を読んだときにより深く味わえるのは確かなことだろう。そうではあるが、昔の短歌を読み親しんでいると短歌の古い世界、古い感覚に取り込まれそうでいやだ。
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by araimitsu | 2007-06-30 22:31
2007年 06月 30日

塔短歌会

私は去年の11月に塔短歌会に入会しました。入会の動機はあまりはっきりしたものではなかったのですが、その一つは「自分の歌をきちんと評価してもらいたい」というものでした。ただ入会時に迷ったことは、結社では古い価値観の歌しか認められないのではないかということです。こういう風に思った理由は多分枡野浩一さんが歌壇から距離を置いていたことが大きいと思います。

入会してみて毎月配布される「塔」という結社誌を読むと多くの歌が高齢の方の歌で、文語で旧かな使いというものです。塔には高名な比較的若い歌人も所属しており、新しい歌を模索する動きもあるようですが、かんたん短歌に投稿されていたような歌とか歌葉新人賞の応募作のような歌の数は限られています。まったく無いわけではなくこれから増えて行くかも知れません。

結社の活動の主なものは結社誌への投稿と歌会ですが、私はまだ生の歌会には参加していません。e歌会といってメーリングリストを使った歌会が行われているので、それに参加しています。そのこともあり私もちょうど歌の評をきちんと書くようにしようと思い始めたところです。

結社には入りましたがインターネットで歌を詠むことをやめるつもりはありませんし、塔という結社の中でも従来の塔の歌風の中に毛色の違った歌を混入させて行きたいと思っています。
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by araimitsu | 2007-06-30 16:24 |
2007年 06月 28日

『「縮み」志向の日本人』(李御寧)

講談社学術文庫の『「縮み」志向の日本人』(李御寧)を読んでいる。とても面白い。タイトルが示す通り、「日本人の特性は縮み志向だ」という内容で、その例としていろいろなものが挙げられている。例えば、

扇子、一寸法師、ひな人形、入れ子の箱、などなど

日本語の特性にも縮み志向が見られる例として、石川啄木の有名な次の短歌を例にとり所有格の「の」の使い方の特徴が説明されている。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

東海から小島、小島から磯、磯から白砂、そして最後は蟹という一点に縮んでくるというのだ。日本語の「の」に相当する所有格を表す英語のofやフランス語のdeは、なるべく重複使用しないのがいい文章とされているらしい。韓国語も同じで、日本語の「の」に当たる言葉をこの歌のようにいくつも重ねて使うことはないそうである。

上に紹介したようないろいろな日本人の「縮み志向」の例が挙げられていて面白いのであるが、私はそのことよりも、本論に入る前の序論にあたる部分が特に説得力があり、なるほどと納得したのである。それは次のような内容である。

従来の日本論、日本人論では、欧米の文化と日本の文化を比較して、差のあるところが日本人の特徴であるとされて来た。ところが、欧米文化と差があることというのは、必ずしも日本の特徴ではなく、アジア、特に東北アジアの特徴であることが多い。例えば、箸を使うこと、米飯を食べることなど。この著者の主張は、日本や日本人の特徴を洗い出そうとするのなら、欧米との比較でなく、距離的にも文化的にも最も近い韓国との比較をすべきだというのである。そのような考え方で「縮み志向」という日本人の特徴が抽出されたのだ。
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by araimitsu | 2007-06-28 23:20
2007年 06月 27日

現代詩手帖 岡井隆特集

6月号の現代詩手帖の岡井隆特集:(岡井隆の挑戦 全歌集、さらなる展開へ)を読んだ。

岡井隆の書いた本は読んだことあるが、歌はあまり読んでなかった。
読んでみると気持ちがいい。話し言葉ふうの歌であるが、調子がとてもいい。歌の意味とか考える前に、読んでとても気持ちいい。朗読をやっていることとも関係するのだろうか。
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by araimitsu | 2007-06-27 22:33
2007年 06月 27日

佐佐木幸綱「万葉集の<われ>」

佐佐木幸綱の「万葉集の<われ>」(角川選書)を読んでいる。私にとってはとても刺激的な本だ。

万葉集の相聞歌と古今集や新古今集の恋の巻に現れる<われ>の数を比べると、万葉集がずっと多いそうである。

「立場としての<われ>」という考え方に目を開かれたように思った。

短歌はその起源のときより「意味の二重性」が特徴であったというところも、なるほどと思ったところである。
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by araimitsu | 2007-06-27 22:24
2007年 06月 15日

2007年3月投稿→6月掲載 池本一郎選

○透きとおる固い果肉に触れたくて暗闇のなかナイフを探す
×宿題ができず泣いてる子のようにきみはぐずってるまたぐずってる
○急行の隣の席でメール打つ少女の指はタタタカタタタ
×夏の日に葡萄を盛ったギヤマンが夜空に浮かぶ枯れ枝の先
○ゆっくりと嵐の中を長大な羽を回して立つウインドミル
×やわらかくクリックすれば雲間より春の光が届けるメール
○ネクタイで締め付け甘い欲望がのどからあふれ出るのを防ぐ
○さよならを送信できませんでした圏外ばかり歩いています
×イヤフォンの片耳ずつを分けあって首振る少女たちは明日へ
×君が代を歌った後につぶる目のまぶたの裏に青い日の丸
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by araimitsu | 2007-06-15 17:08 |